インタビュー:タイ校卒業生 石田牧子
2023年5月、富山県南砺市に開店したタイ料理店「サムラップ」。金土日のみ営業の隠れ家的レストランにも関わらず、本格的なタイ料理を提供する名店として既に評判、地元客はもちろん、遠くから足を延ばす人やファンの予約が絶えません。
ル・コルドン・ブルー東京校 ル・コルドン・ブルー東京校 パン講座シェフ講師 マニュエル・ローベル
「12年ぐらい前でしょうか。まだ日本に住む前、旅行で訪れた際に初めて"餡"を口にして、非常に驚きました。フランスでは豆を砂糖で甘く煮るということはまずしませんから。食感も不思議でした」
餡とは和菓子でよく用いられる甘いペーストの、いわば総称。小豆を煮て潰し、砂糖で調味した"あずき餡"が代表だが、それ以外にも青エンドウ豆の"うぐいす餡"、主に白インゲン豆で作る"白餡"など、様々な餡が存在し、豆だけでなく、ときには黒ごまやさつま芋、栗なども原料になる。そんな餡を使って今回、パン作りに挑戦したのがマニュエルシェフだ。
「黒ごま餡、うぐいす餡、白餡の3種類を使いました。うぐいす餡は"つぶ餡"で、白餡は"こし餡"」
つぶ餡とは原料の形を完全に潰さず作る餡のこと。今回も青エンドウ豆の粒が少し残っている。対称的に裏ごしして完全なペースト状にしたのがこし餡だ。
「最初はフランスと日本の食文化の違いを感じた餡ですが、日本に住むようになり、娘と一緒に"あんパン"などを食べているうちに、どんどん好きになっていきました。今では自ら進んで食べるほど(笑)」
日本では生地の中にあずき餡を入れて焼いたあんパンが日常的に食べられている。シェフが作ったパンの中には日本のあんパンにインスパイアされて作ったものもあった。
「形はトラディショナルなあんパンの形を踏襲していますが、実は生地がブリオッシュ。」
一方、クレーム・シャンティイーで飾った2種のパンに用いたのが黒ごま餡とうぐいす餡。クレーム・シャンティイーの中に煎った黒ごまを細かく刻んで練り込んだり、うぐいす餡を忍ばせたりと、味の調和も図っている。そして、生地の中に入れた餡でもひと工夫。
「餡を生地で包む発想はあんパンと同じですが、ただ包むのでなく餡をツイストさせるようにして生地の中に入れ、完成したパンをカットしたときに、螺旋状に美しく餡が覗くよう工夫しています。もう1種のパンも黒ごま餡とうぐいす餡で形だけ変えました。こちらは生地で優しく餡を包んでからひねっているため、パンの表面に餡が顔を出している」
どのパンも食べて驚くのは生地の柔らかい口当たりと滑らかさ。日本のあんパンにはない豊潤な味わいもあり、餡のほのかな甘さと見事にマッチしている。
「今回のパンはすべて、同じブリオッシュ系の生地で作っています。言ってみればヴィエノワズリーの一種で、仕上がりは比較的軽め。ブリオッシュほどではありませんが、バターと砂糖を多く使っている点が特徴で、恐らく、日本のあんパンにこれほどのバターは使わないでしょう。これは、ソフトでしっとりとした生地にしたかったためで、その方がドライなペーストという印象の餡とよく馴染むと考えたからです。形は伝統的なあんパンもありますが、どれも味だけでなく食感も異なるよう仕上げています」
マニュエルシェフの出身はフランス西部のナント。現地ではバゲットのようなハードパンよりもバターやクリームをたっぷり使うソフトなパンが好まれる傾向にあるという。今回、餡の甘さや食感をじっくり味わった結果、慣れ親しんできた生地が相性として最もふさわしいとシェフは考えたのだ。
「今私たちのもとには、老舗和菓子店に餡を卸す製餡所から様々なサンプルが届くのですが、それらをステファンシェフと一緒に試食しながら、まだ何かできることがあるはず、と想像の翼を広げているところです」
シェフの探求心を刺激する、それが日本の餡だ。
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